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東京地方裁判所 平成11年(刑わ)3604号 判決 2000年6月08日

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  平成一一年一一月二八日午後三時八分ころ、業務として大型貨物自動車を運転し、川崎市宮前区南平台一丁目一番地所在の東名高速道路東京料金所付近を川崎方面から用賀方面に向け進行してきて同料金所で一時停止した後発進進行するに当たり、同所で降車して歩行した際、先に飲んだ酒の酔いのため、足下がふらつくなど的確な運転操作が困難な状態になっていたのであるから、直ちに運転を中止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、先を急ぐ余り、直ちに運転を中止せず、前記状態のまま同所から右車両の運転を継続した過失により、同日午後三時三〇分ころ、東京都世田谷区砧公園一番地先の東名高速道路を川崎方面から用賀方面に向かい時速約六〇ないし七〇キロメートルで進行中、酔いのため前方注視及び運転操作が困難な状態に陥り、折から渋滞のため同方向に減速して進行していたA子運転の普通乗用車を前方約七・五メートルに迫って初めて気付き、急制動の措置を講じたが間に合わず、同車後部に自車右前部を衝突させて右A子運転車両を前方に押し出し、同車左前部をその前方を同様に進行していたB運転の普通乗用自動車右後部に追突させ同車を道路左側壁に衝突させて半回転させた上、同車左側面に自車左前部を衝突させ、さらに、自車前部を右A子運転車両の後部に乗り上げたまま停止させて同車を炎上させ、よって、そのころ、同所において、同車後部座席に乗車中のC子(当時三歳)及びD子(当時一歳)の両名を焼死するに至らしめるとともに、右A子(当時三一歳)に加療約一週間を要する手掌熱傷等の傷害を、右A子運転車両に同乗していたE(当時四九歳)に加療約二か月間を要する熱傷Ⅲ度二五パーセントの傷害を、右B運転車両に同乗していたF子(当時六三歳)に全治約二週間を要する右手打撲・右膝挫傷の傷害を、同じくG(当時五〇歳)に全治約二週間を要する左下腿打撲の傷害を、同じくH子(当時五四歳)に全治約二週間を要する前額部打撲の傷害をそれぞれ負わせ

第二  酒気を帯び、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、前同日午後三時三〇分ころ、前記記載の東京都世田谷区砧公園一番地付近東名高速道路において、大型貨物自動車を運転し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は被害者ごとに刑法二一一条前段に、判示第二の所為は道路交通法一一七条の二第一号、六五条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の所為は一個の行為が七個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重いC子に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、判示第一、第二の各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

一  本件は、被告人が、酒気を帯び、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、東名高速道路において大型貨物自動車を運転し(判示第二)、酔いのため前方注視及び運転操作が困難な状態に陥って、折から渋滞のため減速して進行中の被害車両二台に順次自車を衝突させ、さらに、自車前部を被害車両の一台の後部に乗り上げさせて同車を炎上させるなどした結果、右被害車両の後部座席に乗車していた当時三歳及び一歳の二児を焼死するに至らしめたほか、五名の被害者に対し、最高で加療約二か月間を要する熱傷等の傷害を負わせた(判示第一)という事案である。

二  まず、判示第二の飲酒運転(以下「本件飲酒運転」という。)の犯行についてみるに、被告人は、高知県を本社とする運送会社に勤務する職業運転手であり、本件犯行の前日、会社所有の大型トラックに四ないし五トンの生花を積んで高知県南国ターミナルから大阪南港行きカーフェリーに乗船し、本件犯行当日午前六時三〇分ころ大阪南港に到着して、阪神、名神、東名の各高速道路を使って東京に向かっていたものであるが、同日午後零時三〇分ころ、昼食休憩のため海老名サービスエリアに立ち寄り、トラック内で昼食を取りながら、フェリーを下船する際に購入した二五〇ミリリットル入りの缶酎ハイ一本を飲んだが飲み足らず、フェリー内で飲み残してトラック内に持ち込んでいたウィスキー約二八〇ミリリットルを二回に分けてストレートで飲み干し、約一時間仮眠しただけで、午後二時三〇分ころ運転を再開して、本件飲酒運転の犯行に及んだというのである。

被告人の犯行直前の飲酒量は右のとおり相当多量であり、実際、判示第二の交通事故(以下「本件事故」という)を惹起した後である午後四時一五分ころに実施された飲酒検知において、呼気一リットルにつき〇・六三ミリグラムという高濃度のアルコールが検出され、歩行能力、直立能力ともに異常がみられたというのであるから、本件飲酒運転の犯行は、運転していた車両や運転場所の危険性ともあいまって、それ自体、極めて危険かつ悪質な犯行といわなければならない。

被告人は本件飲酒運転の動機ないし理由として、勤務先の人事異動に関する不満等を述べているものの、それが飲酒運転を正当化する理由にならないのはもちろんである上、被告人の長距離運転の際の飲酒癖は最近始まったものではないこともうかがわれるのであるから、右犯行に至る経緯や動機に酌量の余地は全くないというべきである。

三  次に、判示第一の業務上過失致死傷(以下「本件業務上過失致死傷」という。)の犯行についてみるに、被告人は、前記のとおり飲酒した結果、東名高速道路川崎インターチェンジ付近から東名高速道路東京料金所に至るまでの間、蛇行運転をするなど的確な運転操作が困難な状態になった上、右料金所において通行料金を支払う際、同料金所の係員から「あんた、ふらついているよ」、「具合が悪いようなら車を寄せて三〇分でも休んでいったら」などと勧められ、自らも足がふらついていることに気づいたというのに、配達の時間に遅れていたことなどから、あえて飲酒運転を継続した結果、本件事故現場付近に至って、酔いのため前方注視及び運転操作が困難な状態に陥り、本件事故を惹起しているのである。被告人の過失は、飲酒による運転中止義務の違反であり、被告人自身その義務をはっきりと認識する契機が存したことからすると、被告人の過失の程度は極めて重大である。

一方、本件事故の被害にあったA子運転の普通乗用自動車及びB運転の普通乗用自動車の二台は、前方が渋滞していたため交通の流れに従い徐々に減速していたところ、後方から迫ってきた被告人車両に一方的に追突されたものであって、右A子及びBらに落ち度は全く認められない。

そして、いうまでもなく、本件業務上過失致死傷の結果はあまりにも重大である。被害者C子及び同D子の二児は、それぞれ三歳及び一歳という幼さで、人生の楽しみをほとんど知ることないまま、突然の炎に身体を焼かれて命を奪われたのであり、その苦痛の大きさは計り知れない。また、右二児の両親は、自身もそれぞれ傷害を負った(特に父親の傷害は加療約二か月間を要する相当重篤なものである。)だけでなく、目の前で最愛の我が子を殺され、幸福な生活を一瞬のうちに打ち砕かれたのであって、その悲しみや憤りの大きさは察するに余りある。そして、その他の被害者らもそれぞれ傷害を負っただけでなく、車が炎上する場面を目撃するなどして、多大な恐怖、衝撃を感じさせられているのである。

しかるに、被告人は、被害者らとの間で示談を成立させる努力を全く行っていないばかりか、第二回公判に至るまで謝罪文の一通すら送ろうとしていなかったものであって、十分な慰謝の措置を講じたとは到底いえないのであるから、被害者らの被害感情、被告人に対する処罰感情に極めて厳しいものがあるのは当然というべきである。

四  加えて、被告人は、相当以前とはいえ業務上過失傷害による罰金前科三犯を有するものである上、今回、長距離輸送中にこれほど悪質な飲酒運転を敢行していることや、事故直後、被害車両の運転者であるBらに対し、「何で止まったんだ。急に止まるからぶつかったんだ」などと文句を言い、右Bの妻から「お酒なんか飲んで運転してんじゃないよ」と怒鳴られたのに対し、「酒なんか飲んでいねえよ。風邪薬飲んだだけだ」などと言い返すなどしていることからすれば、被告人の規範意識の鈍麻には看過しがたいものがある。

五  以上からすれば、本件の犯情は、この種事犯としてはことのほか悪質であり、被告人の刑事責任は、重大といわざるを得ない。

六  そうすると、他方において、被告人は、自らの軽率な行為により、二児の尊い生命を奪うような重大な結果となってしまったことに強い衝撃を受け、反省、悔悟する姿勢を示し、いささか遅きに失したとはいえ、被害者らに謝罪するとともに、今後自動車のハンドルを握ることはない旨述べていること、本件により長年勤続していた運送会社を懲戒解雇され、退職金受給権をも失うなど、既に相当の社会的制裁を受けていること、本件業務上過失致傷の被害者らに対しては、被告人を雇用していた運送会社により相応の被害弁償がなされる見込みがあること、被告人にも、その社会復帰を待ち望む妻や子らがいることなど、被告人の有利に斟酌すべき事情も認められるけれども、これらの点を十分考慮してもなお、被告人に対しては、主文のとおり、懲役四年の実刑をもって臨むのが相当と認めた(求刑 懲役五年)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤雅人)

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